対話で決める。だから進む。対話と実行が循環する区政を進めます。
意見・提案(9)
杉並街角トーク対話フェスはすごくいい取組だと思いました。 ただ、私たちのような若年層には「政治にそこまで詳しくないしな…」みたいな引け目から、飛び込んでいくことに少しハードルがある人もいます。 私が思いついたのは、阿佐ヶ谷駅南口の前にある広場に大きいブルーシートか何かを敷いて、ピクニックのような形式で、参加できる年代もその時々で変えて(20代限定の日も作るなど)お菓子を食べながら日々の生活とかモヤモヤについて話そうみたいな敷居の低いイベントです。 若年層は主体性が低い傾向にあると思うので、私たち側に声をかけて輪の中に引っ張り込んでもらえるといいかもと思いました。
意見です。 対話って技術だと思います。少なくとも慣れが必要です。コロナ自粛期間中にオンラインで哲学対話といういろんなテーマについて不特定多数と語り合う対話のイベントに繰り返し参加しました。場の安全性が保たれないといけない、ですとか、他者の意見を否定しない、ですとか対話のために大切なルールを毎回確認しながら参加しました。 だとしても難しいです。男性・女性、年齢の上下、服装、話し方(使う言葉)等々で、どうしても強い立場と弱い立場になりがちなのが対話です。違った意見を持っているからこそ行うべきなのが対話で、弱い立場の方(少数意見)こそが大事でした。 提案です。児童館で哲学対話ワークショップを! 子供のうちから安全な対話を可能にする哲学対話の練習ができたら10年、20年後の杉並区は対話が活発に行われる場所になるかもしれません。 児童館に限らず大人も哲学対話をする場所が増えてほしいです。
今まで積み上げて来た仕組みは大切にしながら、時代と共に進化して行く事は必要。常に目的を確認しながら、手法は色々だと思います。区民の意識も継続して行くには、身近な地域での対話の場が重要。今後も官民協働で暮らしを考えられる場を継続して行きましょう。
対話と決定のプロセスをどのように公開していくかが課題かと! 全体の雰囲気や意見の方向性が、ショート動画で観られたらいいなぁ。
方南町に住んでいます。 木密の対策を早く進めて欲しいです。こちらは命がかかっています。 震災は対話の間待ってはくれません。 対話は確かに重要ですが、防災など命に直結する問題は区がきちんと早急に解決する手段を提示して、住民の理解を得られるよう説得することもまた「対話」だと思います。 対話と称してただダラダラと決断を先延ばしするのはただの優柔不断です。
区民が地域のことを検討する話し合いに関われることは自治という観点からも重要なプロセスだと思います。 きちんと話し合うためにはテーマに関する情報が公開され、知りたい時にアクセスできることが大事です。 また、計画は「具体案」が示されていないと、良し悪しの意見も言えません。 都市計画の分野では特に、「決まるまでは知らされず(関われず)、決まってからは変えられない」構造があります。 計画を検討するプロセス(審議会など)に、住民の視点に立って"歩きたくなるまち”のアイディアをまとめあげる【デザイナー】の参画を制度化するのはいかがでしょうか。 そして、多くの区民の健康やウェルビーイングを高めるなどの長期的視点からベネフィットを評価したり、アイディアを出せる実力を持った複数の会社とコンペ形式の公開プレゼンテーションを行う形を取れれば住民はわが町の未来に意見を出したり誇りを持ちやすくなると思います。
対話するにあたって、地域の課題と話し合う内容や目標などを地域の人々になるべく広く周知していただければと思います。特に若者や働く若い世代の方々に参加してもらえるような対話に向けた盛り上がりを醸成するような工夫をお願いします。例えばSNS活用やデジタルで住民からの課題提起や意見を募り事前に公開しておくなど。対話後の記録の公開、次の対話時期などのフォローも大事かと思います。
対話を進める前提は情報の非対称性がないこと。計画段階から徹底的な情報公開と説明責任を果たして根気強く職員が応答してくれることが大事だと思います。後から議論に参加した区民も追いつけるような記録の迅速な公開もお願いします。
対話は意見と意見をぶつからせるだけの対決ではありません。異なる意見を持ち寄った者同士が互いの視点や物事の見方の違いを認めあった上でより良いアイデア創出を目指すためのコミュニケーションなのです。相手の存在を丸ごと尊重し、考えの違いを理解し深めあっていく営みは、人間として正しいあり方ではないでしょうか?そんな当たり前のことを4年かけて実直に進めてくれた杉並区に感謝しています。これからもガンバレ!